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レダとダナエ

この二つはギリシアの神々の中での最高神であるゼウスが見染めた女性の名前がつけられたものです。ゼウスにはヘレという正妻がいて、ヘレは大変嫉妬深い性質であるにもかかわらず、その目をかいぐぐっては気に入った女性を探し求めることに余念がありませんでした。(光源氏みたい?)ある時、ヘレに現場を見つけられそうになったゼウスは女性を白いウシに変えてしまいますが、ヘレはそれを見破ってアブを放ち白いウシをどこまでも追い払ってしまいます。可哀そうなのは白いウシに変えられてしまった女性です。こんなエピソードに事欠かないゼウスの所業ですが、今回のふたりの女性にはゼウスは変身をしてまでも言い寄ります。
それをご紹介しましょう。

レダ

レダ

レダはスパルタの王妃ですが、ある日水浴びをしているところへゼウスはハクチョウに身を変えて近づきます。それと知らないレダはハクチョウを人懐こいと可愛がり、いつの間にかハクチョウのものになってしまっていたのでした。月満ちてレダは‘卵’を2個産みます。その卵から産まれたのが、ヘレネとクリュテムネストラです。レダの後日談はあまり語れていないようですが、卵から生まれたひとりヘレネはギリシアのメネラオスの妻となります。その美しさの故にパリスによりトロイアへ連れ去られ、取り戻そうとトロイア戦争が勃発します。この時ギリシア側の総大将がメネラオスの兄、アガメムノンで、もうひとつの卵から生まれたクリュテムネストラはその妻となったのです。トロイア戦争が終わって帰還したアガメムノンがクリュテムネストラに殺される話は書きましたので、クリュテムネストラの項をご参照ください。

レダが産んだふたつの卵から生まれた二人の女性がアガメムノンとメネラオスという兄弟に嫁いだことについてはあまり触れられず、それぞれ別個の女性のように扱われていますが、よく読んでみるとたしかに姉妹だし、ふたりともゼウスの子供ということになるのです。

ギリシア神話では神は不死身なので、膨大な数の子供がいても不思議ではなく、ひとりひとりの類縁関係はあまりとやかくは言わないようです。

『レダ』の名がつけられたバラはダマスク系のオールドローズで直径6センチくらいのやや小ぶりの花です。白い小さい花びらが幾重にも重なった様子はハクチョウの羽根を思わせます。白い花びらの先端が筆で刷いたように紅色に染まっているので、「ペインテッド・ダマスク」の別名ももっています。株は全体的にコンパクトな方です。ダマスク系なので、春だけの一季咲きです。

ダナエ

ダナエ

ダナエはギリシア・アルゴスの愛らしい王女の名前ですが、ある日王は娘のダナエが産む男の子がいつか自分を殺す、との神託を受けます。その予言から逃れるため、娘に男が近寄らないように、城の中の塔にダナエを閉じ込めてしまいます。塔に美しい娘が幽閉されていることを知ったゼウスは、なんと黄金の雨に身を変えて塔に忍び込んでしまいます。そして産まれたのが後年様々な冒険をして名をなすペルセウスです。

ペルセウスにより殺されることを恐れた父王はふたりを箱に入れて海に沈めますが、運よく助かり、とある島で母ダナエとともに暮らします。ふたたびこの島の王にダナエが言い寄られるのを逃れるために、ペルセウスは王の出すさまざまな難題を切り抜けていきます。それらがペルセウスの冒険であり、その顔を見た人はすべて石になってしまうというかの恐ろしいメドゥサの首を王の命で切りとったのもペルセウスです。

ある日ペルセウスはたまたま開催されていた競技会の前を通りかかり、興味を覚えて参加します。ペルセウスにとっては祖父に当たる王も知らずに見物にきていました。ペルセウスの投げた円盤が風のいたずらで観客席に流され、祖父に当たり祖父は死んでしまい、結局神託の通りダナエの子供に殺される結末になってしまったのでした。本来ならば継ぐべき祖父の国アルゴスは親戚に譲り、ペルセウスは母ダナエと妻を伴って小さな国を統治することにしたのでした。

ゼウスが黄金の雨に身を変えてダナエの許を訪れている様子を描いたものに、金を駆使することで有名なクリムトの絵画があります。他にも、この物語を題材にした絵画があります。黄金の雨とダナエ、エキセントリックな中にロマンチックさもない交ぜになったテーマが人をひきつけるのでしょうか。

ペルセウスと妻の名はアンドロメダ、アンドロメダの母の名はカシオペア、皆星座の名前になっていておなじみです。

『ダナエ』の名のついたバラはハイブリッドムスク系でわずかにアプリコット色をおびたクリーム色の優しい雰囲気のバラで、まさに黄金色の雨を思わせるように春には小さめの花が群がるようにつきます。さほど長くはならないけれど、つる状に伸び、細い枝がたくさんでますので、家庭のアーチにはぴったりでしょう。

注:現在多くのところでこのダナエが植えられていますが、別種ギスレーヌ・ドゥ・フェリゴンドに極似しており、ダナエの方が間違っているのでは?という説が出始めています。草ぶえの丘バラ園ではフランスからダナエを取り寄せて調査する予定ですがまだ開花はみていません。

コラム寄稿

野村和子(のむら かずこ・バラ文化研究所理事)
京成バラ園芸(株)研究所にて故鈴木省三氏の助手を長年にわたり務め、その後NPOばら文化研究所の立ち上げに携わり理事を就任。同時に千葉市花の美術館の相談員を務める。
著書「オールドローズ花図譜」(小学館)、「オールドローズ」(NHK出版)、「四季の花だより」(千葉市みどりの協会)他。

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