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河合 伸志

花好き少年とバラの運命的な出会い

祖父や母親の影響で、物心ついたときから植物に囲まれて育った。小学校入学前後には、「’スーパースター’を買ってもらい自分で育てた」というほど、植物が大好きだった河合さん。小学生のとき、近所の人にもらったラベンダー色のバラ’ブルームーン’の色と独特の香りに惹かれ、バラに興味を持つようになる。

お休みには、近所の園芸好きの家や京成バラ園に通い、植物に直接触れながら様々な知識を吸収していった。高校生のときには、運命的なバラとの出会いを経験する。 自転車で帰宅途中、花屋で見かけた’ブラック・ティー’という茶色のバラ。Uターンして店に飛び込みすぐさま買った。「今まで持っていたバラの印象と全く異なる色でした。茶色のバラってこんなに美しいものかと感動しましたね」。

大学に入ってすぐのころ、バラのカタログに交配親が書いてあった。「なるほど!」。頭の中でパズルのピースがカチっとはまる。育種に対する興味が湧き、将来の仕事として意識するようになり、千葉大学大学院園芸学研究科へ。こうして、花好き少年だった河合さんは本格的にプロへの道を歩み始める。

日本的な美を求めて。“禅ローズ”の誕生

18才くらいからバラの交配をやっていた河合さん、学問として育種を学ぶ中で、「趣味でもそれなりのものはできる。しかしプロとしてやるからには、目標を持って、今までにない優れたものを創造する」べきだと考えるようになる。コピーではなくオリジナリティにこだわる、それがプロの育種家の使命だと言う。
キーワードは『美しさ・実用性・香り・新規性』。この4つの軸で判断して納得のいくものでない限り、世に出すつもりはない。特に『新規性』は、「育種家として絶対にもたなければならないもの」と強調する。

その河合さんが作出したのが“禅ローズ”シリーズ。日本の伝統的な色調の‘彩り’、野生のバラの良さを活かした‘趣き’、華やかな印象の‘華’と3つのカテゴリーがある。どれも、斬新ではあるもののどこか懐かしさを感じる色合いが特徴だ。
 
モミジやサクラはどちらかというと嫌いだった。しかし、30代前半のころに日本的な美しさに目覚めたと言う。山梨の清春白樺美術館を訪れたとき、「枝が大きく広がった古木のソメイヨシノがあって、花弁が桜吹雪のように風に舞う様子は、まるで映画のワンシーン。息をのむほどの美しさに感動して、しばらく動けませんでした」。陽光に透けるもみじの可憐な色合いに心を打たれたのもそのころだそうだ。「生きることの意味を真剣に考え始めたころでした。畳の良さも分かってきたし、生まれ育った環境のものに心が惹かれる年になったのかもしれません。若干30ではちょっと早いかもしれませんが……」と穏やかに微笑む。

バラと日本人は相性抜群!?

 「バラの魅力は、植物としてバリエーションが多いこと。色、形、香り、樹形と、組み合わせが数限りなくあるので、自分にあったものが必ず見つかります」。好みはもちろん、ライフスタイルに合ったバラを選べば、誰でも楽しむことができると言う。「そもそも野生のバラは剪定しなくてもきれいに咲く。そこからスタートした植物が剪定しなければ咲かないということはないのです」。人為的なルールにとらわれることなく、まずは気軽に生活に取り入れてみるのもいいかもしれない。

 「バラの香りは品があって、日本人の感覚に合っていると思います。この香りに匹敵する植物は他にはないです」。たしかに、化粧品でも生活雑貨でもバラの香りの人気は高く、男女問わず幅広い年齢層に支持されている。
 また、海外では実用性を重く見るが、日本人は実用性よりも花の美しさを重要視する傾向があると言う。限られたスペースで栽培することもあってか、「日本では、バラとして求められる美しさの基準が海外よりも高いです」。

 バラは、日本人にとても向いていると河合さんは言う。ならば、もっと日本独自の価値観を織り込んだ新しいバラが出てきてもよいはず……。禅ローズの誕生には、そんな想いもあったのではないか。

世界的に認められるバラを

数々の受賞歴を持ち、日本トップクラスの若手育種家と言われながら、「コンクールにはあまりこだわらない。受賞した品種も自分では100%納得していない」と謙虚な姿勢を崩さない。「‘チャーリー・ブラウン’は、色も実用性もよく、香りも持っている。しかし耐病性は平均点。」「‘伽羅奢[がらしゃ]’は、品のある形や枝のしなやかさは桜のイメージに近く、たおやかさと強さを兼ねたお気に入りの品種。耐病性もあるが、香りがないのが唯一惜しまれる」と、自身が作出した品種をみる目はどこまでも厳しい。

 「バラの分野では、日本は世界に遅れている。世界に並びたい、でも自分の品種ではまだまだです。もっと知識も経験も重ねて、納得のいくものを出していきたい」。河合さんの目は世界を見つめる。
植物にはその国の趣向も影響される。「西洋の価値観を取り入れながら、日本人の今の生活様式にあったバラを作っていきたい」。河合さんがテーマとしているのは、世界に通用するジャパニーズモダンだ。

また、最近は次世代のために何が残せるかを考え始めたという。「自分が感じたこと、学んだことを伝えて、後継者を育てたい。世界と勝負するために、僕が無理でも後の人たちにもっと先へ進んでほしい。いずれ世界に肩を並べられる日が来ると信じています」。
日本で生まれたバラが世界の庭園を彩る日も遠くはないだろう。

(2010.03.15 掲載)

プロフィール

河合 伸志

埼玉県与野市(現さいたま市)出身。
千葉大学大学院園芸学研究科修了。
卒業後大手種苗株式会社入社、研究員としてペチュニア、バラ、デルフィニューム等の育成・育種に携わった後、グリーンダイナミクスグループ株式会社ペレニアル入社。
株式会社ペレニアル 植物開発室長。

世界的にも権威のある「ぎふ国際ローズコンテスト」で多くの賞を受賞、NHK「趣味の園芸」はじめ、テレビ・ラジオへの出演や書籍の執筆活動でも注目を集め、講演会・ローズセミナーも精力的に活動している。

受賞歴

第1回「ぎふ国際ローズコンテスト」銀賞(フェアリー・ウィングス)
第2回「ぎふ国際ローズコンテスト」金賞・岐阜県知事賞・英国王立バラ協会賞・(財)日本ばら会賞受賞(ロゼ・ダンジェ)
第3回「ぎふ国際ローズコンテスト」銀賞(ウィンド・ソング)、銅賞(おりひめ)(ひこぼし)(チャーリー・ブラウン)(伽羅奢)
第4回「ぎふ国際ローズコンテスト」銅賞(デライト)
第8回「ぎふ国際ローズコンテスト」銀賞(一葉)・銅賞(藤浪)
第9回「ぎふ国際ローズコンテスト」銅賞(藤浪)
ローズ・ヒルズ・インターナショナル・ローズ・トライアル フルブライト賞(涼)

著書として、別冊 NHK趣味の園芸「バラ大百科」日本放送出版協会(共同監修・執筆)、別冊 NHK趣味の園芸「美しく病気に強いバラ」日本放送出版協会ほか多数

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